2012年7月17日火曜日

私の熱中症経験談!


私は過去に一度だけ熱中症を経験したことがある。
私は60歳でそれまでの仕事を退職したが、もちろん、まだ元気はあったので仕事を探した。
しかし、その年齢での仕事はなかなか見つからなかった。
体力にも自信はあったので、当面力仕事でもしようと思って「ハローワーク」に行くと、
ちょうどその頃、「九州国立博物館」が建設工事中で、そこの駐車場造りの作業員に入ることができた。
たしか6月頃から始まり、ある真夏の暑い日だった。
 
駐車場は石垣で囲まれ、そこに数メートル土を入れて固め造られる予定で、まだ一番底の土台造りの段階だった。
その日は基礎になるコンクリートを打つ日だった。午前中はその準備で終わり、午後からコンクリート打ちだった。
しかし、その日は午前中から温度がうなぎのぼりで上がり、昼頃には35度を超えていた。
昼休みも食事のあと、午睡をとっていたので私は元気だった。
そして、コンクリート打ちが始まった。
コンクリート打設車がコンクリートを流し始め、私は流れてくるコンクリートを枠内に入って均す仕事だった。
その枠の高さは40センチほどあったと記憶している。
最初は難なく均していたが、高さが30センチを超えてくると足を動かすことが非常に難しくなり、それにも力を取られていた。

突然、私は頭がクラクラしてきたが、それでもやめるわけにはいかない。
そして、次に襲ってきたのは「目の前が真っ暗になる」症状だった。

私が動けなくなっているのを察した先輩(最も私より随分若かったが)が、「おい、危ないから外に出て休んでろ!」と言ってくたれたが、
もうその時には体の自由がきかず、コンクリートの中に座り込んでいたようだ。
あとで聞いたのだが、先輩らに担ぎ出されて近くに寝かされたらしい。
コンクリート打ちは途中で止める訳にはいかないので、そのまま続けられたそうである。
私はそのまま終わるまでその場に寝かされたままだったようで、目を開けると太陽がまだガンガン照りつけていた。

しかし、少し休んだせいで起きれるようになったが、その時には既にコンクリート打ちは終わっていた
そこの班長さんに謝ると、「熱中症やな、もし明日もこんなふうだと辞めてもらう」と言われた。
しかし、幸いに私の体が持ち直してくれたのと、翌日からはその日ほどの暑さにならなかったことも幸いしてかそれから“熱中症”になることはなかった。
もちろん、水分補給にも十分気を配ったが。
しかし、あの時はもうダメかと思った。目の前が真っ暗になり、ボーッとして気も遠くなる。それから意識を失う。
それからだった、「もっと体を鍛えなくては!」と思ったのは!
そのお蔭なのか、昨日あれだけ痛かったふくらはぎの痛みも今日は和らぎ、普段通りの運動もこなすことができた。
“精神力”と“体力”の鍛錬のありがたさを感じた1日だった。

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